●2つの死刑判決を言い渡された被告人

刑法第45条 確定裁判を経ていない2個以上の罪を併合罪とする。ある罪について禁錮以上の刑(※)に処する確定裁判があったときは、その罪とその裁判が確定する前に犯した罪とに限り、併合罪とする。
 (※「禁錮以上の刑」に限定されたのは昭和45年の刑法改正で、それ以前は罰金以下の刑も含まれていた。)

 刑法には上記のような規定がある。後半の部分について分かりやすくいえば、2つの罪と罪の間に別の有罪判決がある場合、2つの罪はそれぞれ別の判決が言い渡されるということである。
 たとえば、ある人物が殺人事件(A事件)を犯した後、窃盗事件(B事件)を起こし、窃盗罪で有罪判決を受けたとする。その際、殺人事件のことはバレなかった。有罪判決後に再び殺人事件(C事件)を起こして逮捕され、その際、旧悪(A事件)も発覚した。通常であればA事件とC事件で1つの判決が言い渡されることになるが、両者の間にB事件の判決があるため、A事件とC事件は別々に判決が言い渡されることになるのである。

 これは、罪を償ったことで人は生まれ変わるという考えに基づくものであり、確定判決前と後では別人格として扱われるためである。更生の機会を与えられた後に犯した罪ということで、確定判決後の罪のほうがより重く罰せられる。

 この規定があることにより、刑がより重くなる場合と軽くなる場合がある。たとえば、併合罪であれば懲役5年で済んだところを、併合罪関係が遮断されたため懲役3年+懲役3年(合計で懲役6年)になる場合がある。その一方、併合罪であれば死刑の可能性が高い連続殺人でも、併合罪関係が遮断されれば無期懲役+無期懲役となって死刑が回避されることもある。概して、有期懲役刑の場合は重くなり、死刑の是非が問われる重大事件では軽くなる傾向があるように思われる。

 そして、時には2つ以上の死刑が言い渡されることすらある。以下に挙げる事例が全てと思われる。2つの死刑が確定しても、実際に2度死刑を執行するわけではない。なお、この他に2つの死刑が求刑された被告人には、大貫光吉(一審はともに無期、控訴審はうち1つが死刑)と川中鉄夫(懲役10年と死刑と無期)が確認されている。


事例1.1964年3月29日 前橋地裁 木村延佳
 知人女性と姪を強姦、殺害した事件。2つの事件の間に確定判決を挟む。一審は両事件とも死刑を言い渡したが、控訴審でともに無期懲役に。確定判決は罰金刑なので、現在であれば遮断されない。併合罪とされたら死刑回避は難しかったかもしれない。

事例2.1976年2月18日 松山地裁 立川修二郎
 姉と共謀し、保険金目当てに母を殺害。また、その事実を知っていた妻を、口封じのために兄と共謀して殺害した。立川は両事件の間に詐欺罪で有罪判決を受けている。
 一審では2事件それぞれに死刑判決。控訴審では母親殺害の死刑判決については控訴棄却、妻殺害の死刑判決は破棄して無期懲役を言い渡した。

事例3.名古屋地裁 勝田清孝
 犯罪が多すぎて面倒なので省略。

事例4.大阪地裁 鎌田安利
 「死刑判決に対する検察の控訴」を参照。

特殊事例.栗田源蔵
 まず、栗田の犯歴から記す。

 昭和21年頃 窃盗、物価統制法違反、食糧管理法違反罪で有罪判決。
 昭和23年2月上旬 静岡県原町で女性(当時17歳)を殺害 ・・・静岡事件
 昭和23年6月16日 秋田地裁横手支部 懲役2年 傷害
 昭和25年8月19日 湯沢簡易裁判所 懲役10月 窃盗
 昭和26年8月8日 栃木県小山町で女性(当時24歳)を殺害 ・・・小山事件
 昭和26年10月11日 千葉県小湊町で母子3名を殺害 ・・・おせんころがし事件
 昭和27年1月13日 千葉県検見川町で女性2名を殺害 ・・・検見川事件

 昭和27年8月13日 千葉地裁で「検見川事件」(2名殺害)につき死刑判決
  控訴中に他の事件を自供。
 昭和28年12月21日 宇都宮地裁で「静岡事件」「小山事件」「おせんころがし事件」(5名殺害)につき死刑判決
 昭和29年10月21日 控訴取下。2つの死刑判決が確定。

 栗田が2つの死刑を言い渡されたのは、刑法の規定による上記各事例とは異なり、検見川事件で控訴中に他の殺人が発覚し、別途起訴されたためである。しかし、本当は栗田は「3つの死刑」を言い渡されるべきであった。宇都宮地裁で審理された3つの事件のうち、静岡事件と小山事件との間に有罪の確定裁判があるからである。
 これについて、宇都宮地裁での栗田への判決文中、法令の適用の項では次のように説示されている。

「而して前記確定裁判ありたる前の犯行である判示第一の罪(注:静岡事件)と然らざる第二(注:小山事件)、第三(注:おせんころがし事件)の罪の刑とは本来主文において各別に言渡さるべきであるが、既に判示第一の罪について所定刑中死刑を選択し処刑すべきものと認めたる以上、その余の罪についても死刑を選択所携するを相当と認められるが刑法第四十六条第一項の趣旨に鑑み、重ねて同種の刑を言渡すことをしない」

 さて、この判断は正しいのだろうか。刑法第46条第1項には、「併合罪のうちの一個の罪について死刑に処するときは、他の刑を科さない。」とあるが、本件の場合、確定裁判を挟んで併合罪関係が遮断されているので、第一の罪と、第二・第三の罪は併合罪にならないのである。実際に執行することが不可能な「2つの死刑」を言い渡すことは無意味なため、このような判断を下したのかもしれない。栗田が控訴を取り下げたため、判決はそのまま確定したが、最高裁まで持ち込まれた場合、この誤った法解釈は是正されていたかもしれない。
 そもそも、検察官が2つの死刑を求刑したのかも気になるところだ。

 この事件に関するもう1つの疑問点。栗田は静岡で2人の女性を殺害したといわれているが、1人目については立件されていない。「Y子は殺したとの被告人の打明話を聞くや、その旨を警察に知らせると称して駈け出す始末だったので、H子に対する愛情を全く失った被告人は、どうにかこれをなだめたものの、かりにH子と和解ができても、被告人がY子を殺した秘密を、将来何時暴露されるかも知れないと危惧し、その不安を除くには同女を殺す以外に方法がなく」…と、Y子さん殺害がH子さん殺害の動機と認定されているにも関わらず、Y子さんに対する殺人罪には問われていないのである。単なる栗田の虚言だとすると、殺人の動機にはならないし、裁判所がそれを動機と認定することもないと思われる。証拠不十分で立件できなかったのだろうか。

その他の死刑2つ求刑事例
 以上のほか、死刑を2つ求刑された者に大貫光吉と川中鉄夫(懲役10年+死刑+死刑)がいる。大貫は無期懲役+死刑(一審は無期懲役+無期懲役)が、川中には懲役10年+死刑+無期懲役が言い渡され確定した。

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